用語 · 人物
小野篁(おののたかむら)
平安時代初期の公卿・文人(802〜853)。参議に至り、漢詩の名手として白居易と並び称された。百人一首にも歌を残す。昼は朝廷、夜は冥府で閻魔大王に仕えたという冥官伝説でも知られる。
- 生没年
- 802年〜853年
- 官位
- 従三位・参議
- 異名
- 野相公・野狂

小野篁とは
小野篁は平安時代初期の公卿・文人で、参議・小野岑守の長男として生まれた。官位は従三位・参議に至り、その反骨ぶりから「野狂」とも呼ばれた。
漢詩・漢文の名手として名高く、平安初期の屈指の詩人として白居易と対比されるほど高く評価された。和歌にもすぐれ、小倉百人一首には「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと…」の歌が参議篁の名で選ばれている。法令の注釈書『令義解』の編纂にも参画した。
冥官伝説と京都
小野篁には、昼は朝廷の官人として働き、夜は冥府におもむいて閻魔大王の裁判を補佐する冥官を務めたという伝説が伝わる。これは『江談抄』『今昔物語集』などに記された伝説で、史実ではなく後世に語り継がれた説話である。
冥府との往還には井戸を用いたとされ、京都東山の六道珍皇寺には篁が冥土へ通ったという「冥土通いの井戸」が残る。また蓮台野の入口に立つ引接寺(千本閻魔堂)は、篁が閻魔像を刻んで創建したとの寺伝をもち、京都には篁ゆかりの地が点在している。