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平清盛(たいらのきよもり)
平安末期の武将。伊勢平氏の棟梁として保元・平治の乱で台頭し、武士として初めて太政大臣に上った。一族で高位高官を占め平氏全盛を築いたとされる。京都・六波羅を拠点とし、厳島神社を篤く信仰した。
- 生没年
- 1118〜1181
- 官職
- 太政大臣(1167)
- ゆかり
- 京都・六波羅

武士から太政大臣へ
平清盛は、伊勢平氏の棟梁・平忠盛の子として1118年に生まれた。保元の乱・平治の乱で勝者の側につき、武士でありながら朝廷の中枢へと進んだ。
1167年には武士として初めて太政大臣に任じられ、一族で高位高官を占めて平氏の全盛期を築いたとされる。娘を天皇の后とし、その子を天皇に立てるなど、外戚として大きな権勢をふるった。
京都での足跡
平清盛は京都東山の六波羅一帯に一門の邸宅を構え、平氏政権の拠点とした。後白河上皇の命を受けて蓮華王院(三十三間堂)の造営を担ったとも伝わる。
安芸の厳島神社を篤く信仰したことで知られ、晩年は摂津の福原(現在の神戸)への遷都を進めた。1181年に没した。六波羅蜜寺には清盛の坐像と伝わる像が伝えられ、京都に残る平氏ゆかりの地として知られている。