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後白河上皇(後白河法皇)(ごしらかわじょうこう)
平安末期の天皇・上皇。即位後まもなく譲位し、以後は上皇・法皇として長く院政を行った。平清盛や源頼朝らと渡り合い、激動の時代を生き抜いた。京都の法住寺殿を拠点とし、三十三間堂を造らせたことで知られる。
- 生没年
- 1127〜1192
- 在位
- 第77代天皇(1155〜1158)
- ゆかり
- 院政の拠点・法住寺殿

院政を行った上皇
後白河天皇は1155年に第77代天皇として即位したが、数年で二条天皇に譲位し、以後は上皇、のちに出家して法皇として長く院政を行った。
保元・平治の乱から平氏の隆盛、源平の争乱、鎌倉幕府の成立へと続く激動の時代にあって、平清盛や源頼朝らと駆け引きを重ねながら朝廷の中心であり続けた。今様という当時の歌謡を愛し、歌集『梁塵秘抄』を編んだことでも知られる。
京都での歩み
後白河上皇は、京都東山に法住寺殿と呼ばれる広大な御所を営み、院政の拠点とした。1164年には、平清盛に命じて法住寺殿の敷地内に蓮華王院(三十三間堂)を造らせたと伝わる。
熊野詣を生涯にわたって繰り返すなど信仰に篤かったことでも知られる。1192年に崩御し、三十三間堂に隣接する法住寺の地に陵が営まれた。今も三十三間堂や法住寺の一帯に、その足跡をたどることができる。