用語 · 人物
織田信長(おだのぶなが)
戦国から安土桃山時代の武将で、天下統一を目前にした天下人。尾張に生まれ、桶狭間の戦いなどで勢力を広げ、足利義昭を奉じて上洛した。1582年、家臣の明智光秀の謀反により京都・本能寺で自刃した。
- 生没年
- 1534〜1582
- 出身
- 尾張国(現在の愛知県)
- 最期
- 本能寺の変で自刃

天下統一への道
織田信長は1534年、尾張国に生まれた戦国武将である。1560年の桶狭間の戦いで今川義元を破って頭角をあらわし、その後勢力を拡大した。1568年には足利義昭を奉じて上洛し、京都を中心とする畿内に勢力を確立した。
「天下布武」を掲げて統一事業を進め、長篠の戦いでの鉄砲の活用や、安土城の築城、楽市楽座などの政策で知られる。比叡山の焼き討ちなど、旧来の権威との激しい対立でも知られた。
本能寺の変
天正10年(1582年)6月2日早朝、信長は京都の本能寺に滞在していたところを、家臣の明智光秀の軍勢に襲撃された。包囲を悟った信長は寺に火を放ち、自刃して果てたと伝わる。天下統一を目前にした突然の最期であった。
本能寺は豊臣秀吉の都市改造により現在の京都市中京区・寺町通御池に移り、信長の供養塔が残る。また京都市上京区の阿弥陀寺は織田信長の本廟とされ、信長・信忠父子らの墓所が営まれている。