三十三間堂( さんじゅうさんげんどう)

三十三間堂

三十三間堂の見所・歴史

正式名称は「蓮華王院(れんげおういん)」といって、もとは平安後期に院政で国を治めた後白河上皇の離宮です。上皇の願いで観音信仰の中心仏堂として、1164年に平清盛が蓮華王院を建立しました。では「三十三間堂」という名前はどこからきたのかというと、東を向いて南北に長く伸びる本堂(国宝に指定)は柱の間数が33あるので「三十三間堂」と呼ばれるようになりました。

本堂は入母屋造、本茅葺、総檜造。平安時代の建物はその後一度火災に遭い、鎌倉時代に後嵯峨上皇によって再建されています。三十三間堂は時代時代に権力者の信仰を集め、室町期には足利義教によって修復も行われています。中尊・千体仏の整備を行ったのも足利義教です。
豊臣秀吉は大仏殿の方広寺を造営し、周辺を境内としました。

夏目漱石は三十三間堂は訪れたとき、「日は永し、三十三間堂長し」と、まるで小学生の感想のような詠を残しています。それもぞのはず、この本堂の正面の長さは約120メートルあるのですから、夏目漱石といえど長いという感想以外なかなか持ちにくかったのかもしれません。

33げんどう
三十三間堂の観音様

1001体の仏像は圧巻
本堂の中に入ると、中央に本尊である「千手観音座像」(国宝)があり、その両側には各10段、50列、計500体の千手観音立像(正しくは「十一面千手千眼観世音」)がぞれぞれ並びます。千手観音立像は本尊の後ろにもあり、合わせて1001体もの千手観音立像が立ち並ぶ姿は圧巻です。また堂内の両脇には鎌倉時代に慶派によってつくられた「風神雷神像」が安置されており、こちらも1001体の仏像の荘厳さを一層引き立てています。

本当にたくさんの観音様がいらっしゃるのですが、それぞれにお顔立ちが異なっていて見飽きません。もしかしたら知ってる人に似た観音様に出会えるかもしれません。

建立の翌年に夢のおつげで見つかったという「夜泣泉(よなきせん)」は、その名の通り、子供の夜泣が収まるという言い伝えがあります。

三十三間堂の人気行事「通し矢」と「楊枝のお加持」

大的大会(通し矢)
毎年1月中旬に江戸時代から伝わる人気行事の「通し矢」が行われています。通し矢とは、お堂西側の長い軒の下を使って行われていた弓矢の技を競う行事で、現在はこれにちなんだ「大的全国大会」が行われています。この日は日本全国から2000人以上が訪れ、境内は大いに賑わいます。京都の歳時記のひとつですね。

楊枝(やなぎ)のお加持(おかじ)
大的大会と同日に行われます。インドから伝わった修法で、平安時代に後白河上皇の頭痛を平癒したことに由来する、めずらしい「頭痛封じ」の行事です。本尊の千手観音に祈願した法水を参拝者に注ぎ、聖樹である楊枝(やなぎ)の枝を参拝者の頭上で振って頭痛や病を癒すとされています。朝9時から午後の3時半まで。

お堂の軒
通し矢が行われるお堂の軒

三十三間堂の御朱印

御朱印がもらえる場所:本堂内の拝観途中にある納経所
御朱印の奉納料:300円
御朱印の画像:

三十三間堂の御朱印
三十三間堂の御朱印

三十三間堂の詳細情報、アクセス、地図

住所:京都府京都市東山区東山七条
電話番号:075-561-3334
拝観時間/営業時間:8:00-17:00(4月1日~11月15日)
9:00-16:00(11月16日~3月31日)
拝観料・料金:600円
公式サイト

三十三間堂への行き方:

バスでアクセス

:市バス 206,208 207,特207 で「博物館・三十三間堂前」または「東山七条」下車南に徒歩すぐ

電車でアクセス

:京阪七条駅徒歩5分

地図

三十三間堂周辺の観光情報

京都は電車でアクセスできる観光地は少ないのですが、三十三間堂は京阪七条から五分、京都駅からも少し遠いですが、アクセスできます。
上にもあるように、秀吉が整えた方広寺、秀吉を祀った豊国神社、雰囲気のある場所なのでハイアットリージェンシー京都
フォーシーズンズホテル京都などがあります。

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