白峯神宮(しらみねじんぐう)

白峯神宮

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白峯神宮の歴史と見どころ

「サッカー上達の神様」と「怨霊」崇徳天皇の不思議な関係

堀川今出川にある「白峯神宮」は、蹴鞠道のお公家、飛鳥井氏の土地であったため境内には鞠の神様である「精大明神」が祀られています。このことから白峰神宮はサッカー上達の神様として有名でJリーグのサッカー選手もお参りしていたり日本サッカー協会の公式ボールが奉納されていたりします。サッカーに限らず球技全般、スポーツ関係のかたのお参りが多く修学旅行生もよく訪れるスポットですね。

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また、蹴鞠は「ボールを落とさない」というルール。「落とさない→落ちない」ということで学生さんや受験生にも縁起が良いです。

サッカー上達のご利益がある蹴鞠碑
修学旅行生の写真スポット「蹴鞠碑」。石に収められている鞠をなでるとサッカーがうまくなる

日本三大怨霊の崇徳天皇をお祭りしている神社

白峯神宮はこじんまりとした社でありますが、伊勢神宮や出雲大神宮などと同じれっきとした「神宮」です。そもそも神宮とは、天皇家や皇室に関係が深い一部の社のみに使われる社号で全国でも二十数社しかありません。

白峰神宮は崇徳天皇と淳仁天皇の二神をお祭りしています。崇徳天皇といえば、菅原道真、平将門と並ぶ「日本三大怨霊」として有名です。この3人は、それぞれに無念の最期を迎えてしまったことによって大きな怨霊となり各地に多くの厄災をもたらしたとされています。

なぜ、崇徳天皇は天皇という立場にありながら怨霊伝説となってしまったのでしょうか。

崇徳天皇は1156年に配流となって讃岐に流されその後亡くなったのですが、その死後しばらくたってから京都は大火など厄災に次々見舞われ、崇徳天皇の恨みによるものではないかとまことしやかにいわれたことが怨霊伝説の始まりです。

時は流れて幕末、孝明天皇が亡くなった崇徳上皇の霊を慰めようと、讃岐の国(今の香川県)にあった白峰の社を京都に移転さる計画をします。思いは叶わぬまま孝明天皇は崩御されますが、明治天皇が孝明天皇の意志を引き継ぎ、1868年、飛鳥井氏の土地であった現在の場所に同社からご神体を迎えました。同じ年に淳仁天皇も合祀されました。

約700年の時を経て、ようやく崇徳天皇は都に帰ることができて「めでたしめでたし」なのですが……そんなに昔の出来事なのに時の天皇が心を砕いて京都に神宮を立てるってそれは明治の時代まで影響を及ぼすほど相当な災いがあったからに違いないわけです。怖や怖や……

白峯神宮は表向きサッカーやスポーツの神様として知られていますが実はオカルト的にも有名なスポットだったりします。

白峯神宮にはほかにも枕草子もその味をほめた美味しい井戸水とか、樹齢800年の木とか、いろいろ見所があります。

白峯神宮の詳細情報、アクセス、地図


住所:京都府京都市上京区今出川通り堀川東入る 飛鳥井町261
電話番号:075-441-3810
拝観時間/営業時間:
拝観料・料金:無料
公式サイト

バス

:市バス 堀川今出川 下車。9.12系統は東へ徒歩1分 、 51.59.201.203系統は下車すぐ

電車

:アクセス:地下鉄  烏丸線今出川駅下車 4号出口より西へ徒歩8分

地図

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