二尊院(にそんいん)

二尊院

二尊院の歴史と見どころ

広々としていて参拝しやすい紅葉の名所

小倉山にある「二尊院」はもともと嵯峨天皇の勅によって慈覚大師円仁が創建した寺院。そのあと廃れてしまっていたのを一度鎌倉時代なって法然上人の弟子が再興しますが、またまた応仁の乱で再び荒れ果ててしまい、江戸時代に公家の三条西実隆らによって再び復興されて繁栄しました。

紅葉の時期は参道が赤い絨毯になります。
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二尊院参道
参道。小倉山を登る。新緑の季節はジブリみたいです。

二尊院の由来

二尊院の名前の由来は、衆生に 阿弥陀如来の極楽浄土へ行くように勧める「発遣の釈迦如来像」とその衆生を迎える「来迎の阿弥陀如来像」の二尊を本尊とすることから。本堂では二尊が並んで鎮座されています。

総門は伏見城の医薬門を移築したものでとても立派。石庭の「寂光園」は浄土をあらわしたものだといいます。

二尊院総門
総門。桜の時期はいい写真がとれます。

境内にある京都の有名人のお墓

京都の人の冗談なのか本気なのかわかんない話で、「前の戦争のとき焼けてしもうてナァ」って応仁の乱のことをついこの前の出来事みたいに言うっていうのがあるんですけど、江戸初期から明治まで、歴史の教科書に出てくる人たちの墓が普通に同じとこにあるってなんかすごい、と思います。


角倉了以(すみのくらりょうい)
……京都の「水運の父」。朱印船貿易で儲けた豪商で、私財を投じて大堰川、高瀬川の整備をした人物。嵯峨野にたくさん土地を持っていました。了以の息子・角倉素庵のお墓もこちらにあります。

伊藤仁斎(いとうじんさい)
……江戸初期に活躍した儒学者。堀川に私塾「古義堂」を開きました。息子の伊藤東涯のお墓もあります。

三条実美(さんじょうさねとみ)
……幕末から明治にかけての公家で、攘夷を進めて江戸にはいり、明治には黒田内閣のあと総理大臣になったようなならなかったような。

阪東妻三郎(ばんどうつまさぶろう)
……明治34年生まれ。20世紀を代表する銀幕のスターです。

また境内奥には土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇の御陵があります。

二尊院の詳細情報、アクセス、地図

住所:京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27
電話番号:075-861-0687
拝観時間/営業時間:9:00-16:00
拝観料・料金:500円

電車

:JR嵯峨野線嵯峨嵐山駅より徒歩25分

地図